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2008年05月21日

ニュースより。

四川地震 母が子へ携帯に遺書
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=492475&media_id=2

母親の顔は、もううっすらとしか浮かんでこない。
あの人は何の為に生きていたんだろうか。
おそらく結婚してからの大半は『子供の為』だったろうな。

親の心 子知らずとはよく言ったもので、当の子供は『自分の為に生きろよ』と思っていたことを知っていたかどうか。

『誰かの為に』というのは、わずかな違いで『誰かのせいで』にとって変わる。
だから何事も『自分の為に』と考える人間の方が信用できる〜なんて考えが己の軸だった訳だが。
最近、白い天井を見ながらふと思う。

一度でも『誰かの為に』動いたことがあったか。
すべて『自分の為』だったか。
もしそうなら寂しい人間だと周りには映っていたんだろうな。


自分が最後の時を迎えた時、この母親さんのように何かを遺せるだろうか。
自分の為ではなく、大切な誰かの為に。

遺す。

いや。考えてる時点でダメか(笑)

まあとりあえず、その時に何かしら答えはでるだろう。

『自分の為に』生きたか。
『誰かの為に』生きたか。

さて、どっちがわたし好みの綺麗事かな?

posted by ユヅキ at 01:05| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
濃い薄い広い狭いは様々に、貴方との交流の記憶は沢山受け継がれていくと思うけど。
Posted by すっぽに at 2008年05月21日 21:16
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